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中国における特許実務への「禁反言」の適用
2023-07-26
Topic:禁反言、特許侵害訴訟、権利者

一、法的解釈

「禁反言」とは、特許侵害訴訟における法的規定であり、その意味は、権利者が特許審査(特許出願の審査過程または特許権取得後の無効、異議、再審査)の過程で、権利取得のために請求の範囲に対して限縮(制約的な補正や解釈)を行った場合、特許権を主張する時に、その限縮によって放棄された内容を特許の権利範囲に含めることはできない、というものであります。

二、禁反言の適用要件

中国の司法の実務では、禁反言の適用には通常以下の要件があります。

(1)権利者が関連する技術的特徴に対して行った限縮的な解釈または放棄は明示的なものであり、特許書類に記載されている必要があります。

(2)限縮的な解釈または放棄された技術内容は、「明確な否定」によって無効とされていません。つまり、特許権取得または権利確定の過程において国家知識産権局または人民法院によって特許出願人や権利者の「限縮的な解釈または放棄」の行為が最初の書類における実質的な欠陥を克服するには不十分であると明確に指摘された場合、その「放棄の行為」は特許侵害訴訟において禁反言を適用すべきではありません。

(3)禁反言は均等論に対する制約であります。文言侵害が成立する場合には禁反言を考慮する必要はありませんが、文言侵害が成立しない場合では、均等論に基づいて均等侵害を判断することが必要になる場合、禁反言の適用を考慮する必要があります。

(4)禁反言の適用は一般的に侵害者の請求を前提とされ、侵害者は権利者の禁反言を違反する行為を証明する必要があります。法院は証拠を自発的に導入し、禁反言を適用することはないが、法院は当事者の請求に応じて行政機関に対して関連証拠の調査を依頼することができます。 

三、禁反言の適用事例に対する分析

中国の特許侵害訴訟における禁反言の異なる適用事例を紹介するために、3つの特許訴訟案件を例に挙げます。

(一)放棄された技術案

特許権の取得するために、または特許の無効審判で特許権を維持するために、権利者が請求の範囲や明細書を補正し、権利の取得ができない技術案を放棄した場合、その放棄された技術案を権利範囲に再度含めることはできません。

以下の事例を例に挙げて分析します。

案件番号:(2013)高民終字第362号

法院:北京市高級人民法院

係争特許:CN100588049C

この案件の争点は、「データ端子が絶縁体の外壁の上側面に位置し、電源端子が絶縁体の内壁の下側面に位置する」という特徴であります。侵害を提起されたプラグの電源端子とデータ端子はいずれも「内壁」に位置しています。この相違点に対して、権利者は均等侵害を主張しています。

これに対し、被告は以下の理由に基づき禁反言の原則を利用しました。

権利者は権利取得の段階で請求項2の技術案「電源端子とデータ端子がいずれも絶縁体の内壁に位置すること」を完全に削除した上、応答書で審査官が指摘した請求項2が進歩性を具備しないとの審査意見に同意しました。したがって、権利者は「電源端子とデータ端子がいずれも絶縁体の内壁に位置すること」との技術的特徴を明確的に放棄し、その放棄の理由は、上記の技術的特徴を含む請求項2の技術案が先行技術に対して実質的な進歩性を持たないと考えたためであります。禁反言の原則に基づき、権利者が出願書類中の「電源端子とデータ端子がいずれも絶縁体の内壁に位置すること」との技術的特徴に対する放棄は、権利範囲に再度に含めるべきではありません。

一審、二審の法院は、被告の禁反言の主張が正当であり、被告の特許権侵害が成立していないと判決しました。

(二)限縮的に解釈された技術案

特許審査または無効審判で権利者が特定の技術案に対して限縮的な解釈を行い、請求の範囲を狭めた場合、侵害訴訟段階では、限縮された請求の範囲に対して改めて拡大的な解釈をすることはできません。

以下の事例を例に挙げて分析します。

案件番号:(2005)高民終字第1262号

法院:北京市高級人民法院

係争特許:CN1130063C

この案件の争点は、「現在のユーザーカードに対応する携帯電話番号と事前に保存された正当なユーザーカードに対応する携帯電話番号を検出して比較し、一致する場合は通常使用し、一致しない場合は通常使用と同時に設定された機能パラメータに基づいて自動的に非通知で電話をかける」との特徴であります。この特徴に対して、権利者は均等論に基づいて特許権侵害を主張しました。

権利者は、第一回の審査意見通知書に対する応答書において、非許可ユーザーが通常使用ができずに明示的にダイヤルの紛失を報告されるとの技術案を放棄し、それを基に特許権を取得しました。

最終的な判決では、北京市高院は、「権利者が特許権を取得するために第一次審査意見に対する応答で非許可ユーザーが通常使用ができずに明示的にダイヤルの紛失を報告されるとの技術案を放棄したため、禁反言に基づき、法院が均等論を適用して請求の範囲を決定する際に、限縮、排除または放棄された内容を再度に請求の範囲に含めることを禁止すべきである」と判断しました。

これにより、被告の特許権侵害が成立していないと判決されました。

(三)明確に否定された応答

この節では、禁反言の適用例外である「権利者が特許出願人または権利者が権利取得の過程で請求の範囲、明細書、図面に対する限縮的な補正や応答が明確に否定されたことを証明できる場合、その補正や応答が技術案の放棄をもたらさなかったと認定されるべきである」ことを説明します。

以下の事例を例に挙げて、特許侵害訴訟における「明確な否定」に属する状況を分析します。

案件番号:(2017)最高法民申1826号

法院:最高人民法院

係争特許:CN101000977B

この案件の争点は、技術的特徴a、b、c(各特徴の具体的な特徴は省略)であります。

実質審査の段階で、審査官は特許出願人が特徴aとbに基づいて進歩性をもたらせるという応答を明確に否定しました。最終的に、出願人は特徴cを請求項1に追加した上で、権利を取得しました。

無効審判では、権利者は限縮的な解釈を通じて、係争特許の技術案に特徴aとbを含める必要があることを強調しましたが、復審委員会は特徴aとbが係争特許に創造性をもたらしたかどうかを具体的に評価せず、特徴cのみが係争特許に創造性をもたらしたことを承認し、それを基に特許権を維持しました。

二審の法院は、復審委員会が権利者の特徴a、bが係争特許に創造性をもたらしたかどうかを具体的に評価しなかったとの理由で、「明確な否定」の要件に合致せず、「禁反言」の原則を適用することが可能であると判断しました。

最高人民法院の再審判決では、「審査部門が権利者の特徴a、bに関する解釈を認めずに明確的に否定の意見を持っており、復審委員会も実質審査段階での否定意見を覆すことはなく、無効審判で逆の結論を出さなかったこと」を認定し、それにより、権利者の限縮的な解釈は明確に否定されたと判断しました。

したがって、権利者が特徴a、bに対する限縮的な解釈は、技術案が放棄されたとの法的効果を生じず、「禁反言」の原則を適用されるべきではないと判断しました。

四、権利者の応対策

権利者の立場から言えば、権利者は特許権を取得した上で、権利範囲を可能な限り広げたいと考えるでしょう。そのため、権利の授与段階から確定段階まで、権利者と弁理士は慎重に補正と応答を行い、禁反言によって権利者が権利行使の過程で不利な立場に立たないようにする必要があります。

(一)権利の授与段階

まず、応答書では、審査官が指摘した欠陥を克服するだけの内容で十分であり、関連しない他の技術的特徴については意見を述べないようにすべきであります。特に、新規性と進歩性などの実質的な審査意見に対する応答では、審査官が一部の請求項の新規性と創造性を受け入れ、出願人もこれらの請求項を独立請求項に追加しようとする場合、実質的な応答を避け、形式的な応答にとどめるようにすればよい。

次に、先行技術、相違点、技術課題、技術効果に関する応答は慎重に行い、特許権を得るために意図的に技術課題や技術効果を誇張しないようにすべきであります。これにより、特許侵害訴訟において均等論を適用することが困難になる問題を回避できます。

第三に、特定の技術案を削除する場合、新規性と進歩性を持たないと承認する応答を行わないようにすべきであります。また、上位の技術的特徴を下位の技術的特徴に変更する際には、明細書のすべての実施例の技術案をできるだけ含めるようにすべきであります。

第四に、出願人が審査過程において、以前の誤った応答書を訂正するために新たな応答書を提出する場合は、禁反言の適用要件に属されません。そのため、権利を取得する前に、出願人が以前の応答書における表現に誤りがあることに気付き、禁反言の適用が生じる可能性のあると判断する場合、補足的な応答書を提出し積極的に補正を行うことを勧めます。

(二)権利の確定段階

特に特許侵害訴訟に関連する無効審判では、請求人は係争特許のすべての請求項を無効にしようとするだけでなく、権利者が係争特許の請求項に対して請求人に有利な解釈を行うように誘導する可能性があります。これにより、特許の権利範囲に対して実質的な限縮をもたらし、特許侵害訴訟での非侵害主張のための準備を行います。

そのため、無効審判では、権利者は最大の権利範囲を求めるだけでなく、特許の権利範囲に対して過剰な限縮的な解釈を行わないように注意する必要があります。これにより、権利者の権利行使の際に、禁反言による不利な影響を抑えられます。

(三)ファミリ特許、分割出願および他の関連特許

係争特許自体の審査経過に加え、特許侵害の司法解釈では、分割出願の特許審査経過も係争特許の侵害訴訟において禁反言の適用を生じる可能性があることが規定されています。さらに、最高人民法院の民事裁定書では、最高院は係争特許の請求項に対する解釈において、ファミリ特許の審査段階での応答と同一出願人の他の関連特許の明細書に記載の内容との利用を認めています。

したがって、係争特許自体の補正と応答に重点を置くだけでなく、分割出願、共通の優先権を有する他の特許、同一出願人の類似特許における記載、補正、応答にも注意を払う必要があり、不必要な限縮的解釈による係争特許の権利範囲に対する制約を避けるようにすべきであります。これにより、権利者の権利行使に不利な影響を与えないようになります。

五、後記

本文では、禁反言の適用要件から始め、事例を通じて中国の特許訴訟における禁反言の適用を分析し、さらに権利者の禁反言への応対策を引き出しました。これらの応対策は、禁反言の利用、知的財産権の保護に少しでもお役に立てば幸いです。

作者
Purplevine IP
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